その花、暗く輝き
頭に乗る、心地良い重量。
すっかり頼もしくなった幼馴染は、優しい目でを見ていた。
彼の服を掴んだ手に知らず力が入る。
「何でマハード様なの……! なんで、マハード様が死んじゃったの……!?」
どうして、と。
疑問は尽きない。
「王墓警備って、そんな……命がけの仕事なの……? だって、しばらく警備したらすぐ帰ってくるって……そうじゃなかったの?」
問いかけに、ジョーノはためらうように口を開く。
「マハード様は、殺されたんだ……」
その言葉に耳を疑った。
視力も聴力も良いと思っている。それでもは自分の耳を疑った。
彼は何を言っているのだろう。
これは質の悪い、しかも空気すら読めていない冗談だろうか。
しかし、見上げたジョーノは沈痛な面持ちでこちらを見ている。
冗談では無いという証。
「な、なんで……」
思わず首を振りながら呟く。
嘘だ。信じられない。信じたくない。
だってマハードは、この国で敵う者がいない程の凄い魔力の持ち主なのだと、マナが言っていた。それに彼は神官の、さらに頂上。神官団の一人なのに。
そんな人が殺されるなど、あっていいものか。
声が震えるのは、信じたくないという強い気持ちと恐怖から。
マハードは殺されたのではない。彼の死は事故だったのだと、言ってほしい。
けれど、そんな望みは叶う事無く。ジョーノは容赦なく事実を告げる。
「相手は、盗賊王……バクラ。この前王宮を襲撃した盗賊だ」
暗い声色の言葉に、はゆっくりと目を見開いた。
「ばく、ら……?」
問い返すように反芻する名前。
記憶にひっかかるその響き。
全身から血が引くように、唐突にクリアになる頭。
埋もれた思い出から、小さな芽が顔を覗かせる。
自らを盗賊の王と名乗る男。
脳裏によぎるのは意地悪な笑みを浮かべる知人の顔と声。
そして、そんな彼の名前。
瞬時にしての中に芽吹いた小さな芽は一輪の花を咲かせる。
硬質な光を反射する、真紅の花。
目を見張るような紅玉で作られたその花は、彼女の手元に残された過去の贈り物。
どうする事もできずにしまっておいた思い出。
忘れかけた過去の、ただ風変りな思い出。
「ごめ、ジョーノ……ひとりにして……」
思わず口をついて出た言葉は、笑ってしまう程力が無かった。
本人がそう思う位なのだから、ジョーノにしてみれば驚くほど無気力に聞こえたかもしれない。
それでも彼の暗い表情を読み解く気力は、には無かった。
そっとジョーノから離れ、ゆるゆると彼に背を向ける。
何も言わない彼は、きっとが落ち込んでいると思っているのだろう。
けれどそれは完全な正解ではなく。
彼が思うよりも大変な事を思い出してしまったのだと、は手を握り締めた。
誰にも見せた事の無い輝く花。
くだらない、けれどにとってはそれが全てである荷物に紛れ込ませ奥深くにしまい込んだ髪飾り。
おそらく、一生かかっても手に入れることは到底無いであろう宝玉で作られた花。
まるで王族のために作られたかのようなそれを、人に見せれば良くない事が起こりそうで。
だから、誰にも見られないようにと隠していたのに。それなのに。彼は嘲笑うかのようにやってきた。
「だから、あんたの事嫌いなんだよ。……バクラ」
ぽつりと呟いた。
その手には、見るからに市民が持つ物では無いと解る紅玉で出来た花の髪飾り。
の瞳と同じ、鮮やかな深紅の花はきらめく光を反射して強烈な存在感を放つ。
紅い光は、まるで災いを呼ぶかのように。
見つめていると、その輝きに頭がくらくらしてくる。
全く目の毒であると同時に、あの男に贈られたこの花は裏切りの証。
王宮に対して、マハードに対して。そしてマナに対して。
国を脅かす盗賊からの贈り物を持っているなんて、それは裏切りだ。
本音を言えば、バクラという名の知人がいたこともすっかり忘れていたし、この紅玉の花のことも忘れていた。
そんな事を思い出す余裕は、試験が近くなってから無くなったし、王宮に入ってからは日々が多忙の中にあった。何より、あの男とはもう何年も会っていないのだから。
そもそも、キサラに会いに行く時に立ち寄るオアシスで時々遭遇するだけの関係で、知っていたのは顔と名前だけだ。
それと、だいぶむかつく性格だったという事も記憶してる。
そんな彼が、なぜこんなものをくれたのか。今も昔もその理由は未だ謎のまま。
あの頃、彼が何をする人で、何を考えていたかなど聞いたことも無いし、実際知りたいとも思わなかった。そんな情報はあのオアシスにあって何の意味も無かったから。
けれどまさか盗賊だったとは夢にも思っていなかった。気付くべきだったのかもしれないが、当時のは目の前の男の事情など、心底興味の無い事柄だったのだ。
確かに、何かやばそうな雰囲気は漂っていたが、王宮にまで手を出すような人間だったなんて。
「あんた、間違ってるよ……」
固い声で呟き、睨み付けるのは手の中の深紅の花。
同じ色の宝石が対を為して光を反射していた。
ひとつは、ただ静かに、無機質に。
もうひとつは、怒りと悲しみを隠しもせずに力強く。
「けりをつけよう、バクラ」
この硬く冷たい花を突き返し、訳の解らない関係を清算しよう。
神官と国賊。
本来、あの砂漠で切れるべきだった縁だ。ここまで繋がっていた方が不思議な程なのだから。
「罪は償わなきゃいけない……」
相手が誰だろうと関係ない。
マハードの命を奪った事は隠しようのない事実だ。
それに、盗賊王と名乗る彼が王墓を荒らして回っているのは誰もが知っている。
それは、裁かれるべき罪。しかし、何よりも願うのは、これ以上周りの人が悲しむ姿を見たくないということ。
マナだけでなく。
誰かが、あんな表情をする光景はもう見たくない。
「私は、誰かが泣いてるとこなんて見たくないんだよ……」
悲しみは全部箱の中にしまい込んで、誰もが笑って過ごせるならば、それが一番いいに決まっている。
けれど、全ての人たちがそうなる事などできやしないから、せめて周りの人たち位は……
絶望に揺れるマナの瞳を思い出し、はきつく目を閉じた。
恨まずにはいられない。