季節が夏を迎えるよりもずっと早く、私はもう問題児の仲間入りを果たした。
誰とも馴染もうとせず、協調性の無い無愛想な転校生。
群れたがりの女子の中で、どのグループにも属さないのは、きっと自殺行為。
自分から『いじめていいよ』と言っているようなもの。
最初は親切心で話し掛けてきていた子たちも、話を合わせる気配の無い私に愛想を尽かしたようで、最近は特に声をかけられる事もない。
でも、私は知っている。
ぎりぎりのところで自分が標的になっていないのは、彼女がいるから。
始業式のあの日、空いていた最後の席の主。白くて透明で、窓辺の硝子細工で作られたような女の子、古代キサラ。
彼女がこの教室に存在しているというそれだけの理由で、私は守られている。
「気分わる…」
思わず漏れた呟きに、目の前でプリントに向かい合っていた彼女はびくりと顔をあげてこっちを見る。
「あの、大丈夫…? やっぱり私、出ていったほうが…」
遠慮がちにそう言ってそそくさと筆記用具をしまおうとするキサラに、私は重ねて溜め息をついた。
「いいから終わらせなよ。別にキサラがいるから気分悪いわけじゃないし。ちょっとムカつく事思い出しただけ」
嫌ならとっくの昔にこの場を去ってる、とは言えなかった。
言っちゃなんだけど、私はストレスの種はぶった切る主義だ。
保健室だって、ゆっくりできないなら最初から来ない。
この放課後の居残りだって、彼女が終わるまで待ったりしない。
授業をサボりすぎたが故の居残りは、出されたプリントを解くだけのものだし、適当に答えを埋めたらさっさと帰る事だってできるのに。
書きなぐったような筆跡の私とちがって、女子に流行りの無駄にはね上がったり丸かったりする書体でもなく、まるで答案用紙のお手本のように丁寧に一文字一文字記されたキサラの字はとても見やすい。
こんな回答用紙ばかりなら先生もさぞ嬉しかろう。
古代キサラというクラスメイトは、勉強に対してだけでなく何事もほどほどにそつなくこなす。
学生生活において困る要素なんて無さそうなのに、彼女は明らかにクラスから孤立していた。
普段誰の話題にものぼらず、まるで存在しないもののように扱われているキサラの立ち位置に気づいていないとでも思ったのか、担任は何かにつけて私と彼女を一緒に居させたがる。
それで何かが解決するなんて思ってるんだろうか。
今まさにクラスの女子たちの間で盛り上がっている噂話は確実に私をハブろうとしているのに?
という女子生徒は前の学校では手のつけられない不良で、地元のヤンキーとつるんでは家にも帰らず遊びまわり、万引きや喧嘩で補導された事数知れず。とうとう困り果てた親と学校によりこの学校に転校してきた。
…らしい。
反対に面白いからどうなるのかと思って放置してたら、いつの間にか学校のガラスを割って回り、教師を殴って入院させたりしていた。
どうやら連休中に童実野町の親戚に遊びに行った子がちょっとばかり私がやんちゃだったって噂を聞いてきたようだけど、それがどうしてこうなったのやら。
このままだとさん、半年後には前の学校で人ひとり殺してんじゃないの?
確かに素行がいいほうじゃ無かったのは認めるけど、そこまで悪いことはしていない。
あほらしすぎて相手にする気も失せるような噂話だけども、最近そんなあほらしい噂に少なからずイラっとしてしまうのも事実。
なんだか全てがめんどくさい。
「これが五月病か…」
浅く座って背もたれに体重を預けると、椅子の骨格が微かに悲鳴をあげた。
軟弱だね。ちょっとは我慢しな。
身体中の息を全部吐き出すような私のため息に続いたのは、小さく笑うキサラの声。
「さんと五月病って全然似合わない。少し意外かも」
「あのさぁ…」
人をなんだと思ってんだか。
これでも何かとしち面倒くさい思春期だってーの。
言い返そうと口を開きかけて、でも目の前のクラスメイトの楽しそうな顔を見ていたら、用意していた言葉は蒸発してしまった。
虹色に光を反射するようなキサラの笑顔は、反則だ。
透明な彼女が、一瞬のうちに鮮やかで優しい色に染められる。まるで花が開くような笑顔
毒の感じられないキサラの振る舞いを見ていれば、彼女のきっかけはほんの些細な事だったんだろうと容易に想像できてしまう。
本当に、あほらしい。
しかし残念なことに、私はそういうあほらしくて面倒くさい世界に生きているのだ。