実は体育が、嫌いだったりする。
そう言えば、克也には『嘘つくな』と言われたし、前の学校の大概の子も意外そうな顔をした。
だって面倒じゃないか。
わざわざ決められたメンバーでチーム組んで、特に好きでもないスポーツに励むなんて。
それなら教室で教師の話を聞きながらうたた寝してる方がずっといい。
協調性の無い私なんかは、余計にそう思う訳で。
転校して二週間もたてば、だいぶ慣れてくる。ついでに自慢じゃないけど、私ってば順応性高いし。
だもんで、そんな私は授業そっちのけでお喋りに夢中になっているクラスの女子の輪からするりと抜け出した。
跳び箱の順番待ちなんて、あの箱をそこまでして飛ぶ価値が解らない。飛ぶんなら別に小学校の校庭に半分埋められたタイヤだっていいはずじゃない。
「先生。ちょっと頭痛いので、保健室に行ってもいいですか」
そろり近づいて、体育教師に言えば、そうか? と顔を覗き込んで少し考えるように腕を組んだ。
「まぁ、転校してきたばかりだし、疲れも溜まっているんだろう。もう四限目だし。休んで来い」
その的外れな有難いお言葉にぺこりと頭を下げて、私は体育館を後にした。
授業中の廊下は人気がなくて、遠く音楽室から合唱の声が聞こえてくる。
生徒も教師も、この学校にいる全ての人が教室の中に閉じ込められたような静寂。
確かに存在する大勢が、ちらりとも姿を現わさない授業中の廊下は、何だか現実離れしていて、胸の中がふわふわする。
実はこんな不思議な感覚が、結構好きだったり。
決められた時間が過ぎれば一瞬のうちに消えてしまう仮初めの静寂を吸い込んで、私は保健室のドアを開けた。
広い窓から差し込む明るい春の日差し。消毒液の匂いと、クリーム色のカーテン。
保健室という場所特有の、どこかよそよそしいくせに優しい空気。
そこに一人、女の子がいた。
椅子に座っていた彼女は、読んでいた本から目をあげてこちらを見る。
むかつく位きれいな空色の瞳だった。そして、これまたタイミングよく吹いた風が少し開いた窓からやってきて彼女の長い髪を揺らす。
その様も、むかつく位きれいだった。
色白で、もう本当に全ての色が薄くて、透明なひと。
柄にも無くつっ立ったままの私に、彼女は静かに口を開いた。
「ごめんなさい、先生今はいないの」
穏やかで優しい声に、めまいがしそう。
見ただけで、声を聞いただけでわかる。
このひとは、私とは正反対なんだと。
ひねくれてもいないし、周囲を皮肉ってもいない。そして教室で群れる彼女たちのように淀んでもいない。
限りなく透明。透明すぎるから、きっとクラスにも馴染めない。
本能的に、そんな事を考えながら、開けっ放しのドアを閉めた。
「別にいいよ。特に気分が悪い訳じゃないから。ベッド借りるよ?」
迷わずカーテンの開いたベッドに向かう私に、透明な彼女はひとつ頷いた。
その動きに合わせて、白銀の髪が光を反射して揺れる。
やっぱりきれいだな。
しみじみそんな事を思いながら、病室を彷彿とさせるカーテンに手を掛けた。
「おやすみ」
ちらりと彼女を見てそう言うと、透明な空色の瞳いっぱいに驚きが浮かんで、次に窓際の硝子細工のような笑顔が答えてくれた。
「おやすみなさい」
保健室の匂いが染みたベッドで目を閉じながら、この透明なひとは次にカーテンを開けたときそこにいないんじゃないかと、思った。
それ位、彼女はまるで絵的な程に透明で透き通っていた。
そして私は、その透明さが結構気に入った。