新しく通う学校は、予想どおりしょぼかった。
まず、生徒が少ない。
小学校からほぼ変わらないと思われるクラスメイト達は、黒板の前に立った私を遠慮もせずに見つめてくる。
ざわつく教室で「挨拶をしてね」と担任に振られて、息を吸った。
「です。よろしく」
愛想笑いすら出来ないのは悪い癖だと、自覚はある。けど、初めて会う人間にじろじろ見られて気分のいい奴の気持ちが、私にはわからない。
この自己紹介なる時間が一刻も早く終わればいい。そして席に座らせてくれ。
できれば窓際の一番後ろ。唯一空いてるあの席に。
すべての机が埋まった教室の中で、不自然に空いた最後の机。
私はそこが自分の席なんだと疑わなかった。
小学生の時からお気に入りだった角席は、何より気が楽で落ち着くから。
いかにも元気とやる気が取り柄らしい雰囲気の担任は、教室を見回して少し考えると、妙に明るい声で言った。
「じゃあ、さんは窓際の後ろの席に座ってね。今日は古代さん来てないから! あなたの机は、放課後取りに行きましょう!」
その言葉に、確実に私の心は折れた。
なんだ、もうそこは誰かの席なのか。大体どうして今日休むんだ、無駄な期待させやがって。
むしろ、自分の机なんていらないから、その席ちょうだいよ。
なんて言える訳もなく。
私はおとなしく“フルシロ”なる人物の席に座った。
…瞬間、辺りの空気がぴりりとしたような気がした。けども、私にその心当たりがあるはずもない。
前の学校とたいして代わり映えのしない担任の話を聞き流しながら、校庭の景色を眺めていた。
やがて、起立という掛け声と共にホームルームが終わって担任のつまらない話から解放されると同時、今度はクラスメイトに囲まれた。
過去、こんな事があっただろうか。
ふとそんな事を思ったけど、答えが出る前にひとりが口を開く。
「ねえ、さんって童実野町から来たんだよね!?」
「あ、うん。まぁ…」
「童実野町ってやっぱみんなおしゃれ? こっちより都会でしょ?」
「羨ましいなぁー、お店もいっぱいあるし!」
「いや、別に…」
矢継ぎ早の質問と、盛り上がっている彼女たちのテンションに、顔が引きつるのを感じる。
大体、そんな事を聞かれても困る。
この町より童実野町の方が都会として進んでるのは誰もが知ってるし、そこに住んでた私は今更ながら童実野町の便利の良さを実感している。
コンビニが徒歩五分にある生活なんて、この町にいる限り望めないんだ。
都会の喧騒の代わりに、のどかな田園風景が広がるこの町には、便利なコンビニとは別の魅力がある…んだろうけど。
でも私にはまだそれが理解できない。そして私を取り巻いている彼女らも、のどかな田舎よりも便利で華やかな都会を望んでいる。
その気持ちはわからなくもないけど、話を合わせる気の無い私には、今の会話が少し苦痛だ。
早く終わらせたい。
前の学校だったらば、早々に話を切り上げて帰る所だけども、初対面の人間にそうするのは流石の私も気が引ける。
曖昧に返事をする事を繰り返していたら、最初に話し掛けてきた子が何か思い出したように手を叩いた。
「そうそう、さん。早く机取りに行かなきゃね。…ここだけの話さ」
そう言って声を低くした彼女に、じわりと嫌な予感を感じる。
「古代さんって、ちょっと普通じゃないからさ。あんまり相手とかしない方がいいかも。ね?」
同意を求める一音に、他の子たちも何か言いたげに頷いて。
何が気に食わない訳でもない。
私は彼女たちの事は何も知らないし、この学校の事も、クラスの事も、まだ知らない。
でも、何かを含んだようなその言葉に言いようの無い不快感を感じた。
ただでさえ苦手な愛想笑い。その低い温度が、さらに冷たくなるのが自覚できる辺り、きっと周りから見れば私は笑っちゃいないんだろうな。
早くこの場を去りたい。
彼女らが何を含んで言っているのかなんて、はっきり言われなくたってわかってる。
その意味を、わからない子なんてきっといない。
それでも私は、わからない振りをする。
気付いた素振りでも見せれば、明日からこの子達と一緒にいなきゃいけなくなる。
話し掛けてきてくれた彼女らの好意が、物珍しい転校生への興味からだとわからないほど間抜けじゃないし、ひと月もしない内に私とは話が合わないと気付くたろう事も、なんとなく予想できる。
なら、今この瞬間にわざわざこのグループに入るような事をしなくてもいいじゃない。
冷めた自分の考えが、とてもひねくれている事は、誰より自分が気付いているけどさ。
そんな私も、普段の行いが良かったのかな。
何も返す言葉が浮かばない、まさに今のタイミングに。引き返してきたらしい担任が教室の入り口から顔を出した。
「、話中の所悪いけど、ちょっと職員室来てくれるかな?」
やっと教室から出ていけるよ。
お断り程度に「ごめんね」と挨拶をして、小走りに教室を出る。
廊下を歩きながら思わず出てきたため息に、自分でも苦笑。
つくづく女の子の会話って難しいわ。