3月某日 卒業式
 体育館に響く校歌に、いくつかの泣き声が混ざった。
 それを聞きながら、私は特に卒業する彼らとの記憶を思い出すでもなく、今後の事を考えて溜め息をついた。
 引越しの準備はもう終わった。
 あとは、荷物の詰め込まれたダンボールをトラックに乗せてこの街を出て行くだけ。
 次の四月、ここに一緒に並んでいるクラスメイト達と始業式を共に出来ないと言う事は、年が明けた頃から知っていた。
 お別れは、もう済ませた。心残りは少しあるけど、仕方ないじゃない。
 嫌だと泣いたって、母さんはじいさんの家に行くっていうだろうし、病気して弱ってしまったじいさんを一人暮らしさせるのが良い事じゃないってのは、私でもわかる。
 父さんも反対はしなかった。
 むしろ、母さんの実家の方が父さんの会社にも近いし好都合なんだし、わざわざ家賃を払う必要も無いしね。
 季節もちょうど年度末。
 引っ越して生活を変えるにはまさにナイスタイミング。
 そんな訳で、私は明日、トラックに乗って引っ越すのです。
 母さんの実家は童実野町から車で一時間と少し。電車を乗り継いだ時の所要時間は一時間半。
 その距離が、今の私にはひどく遠かった。

、行くなよ」

 目を真っ赤にして言ったのは、クラスメイトの女子じゃなくて、ずっと一緒に過ごしてきた幼馴染。
 ばかだなぁ、何でお前泣いてんの、みっともない。男だろ。
 そんなじゃ、静香ちゃんに笑われんよ? …あ、悪い。今は別に暮らしてるんだったね。
 迎えに行くって言ってただろ、なら普段から泣いちゃだめじゃん。
 そう言って笑った私に、克也は「寂しくなる」と言った。
 二人で悪さしまくった記憶はとても鮮明で、それを思い出すと確かに少し寂しいと思う。
 私達は気が合ったから、良くつるんで何かやらかしては大人達に叱られていた。
 母さんは女の子がそんな事をしてはいけないと怒ったけど、私にはクラスの女子とおしゃれの事とか、好きなアイドルの事とかを話すよりも、克也達のグループといたずらを仕掛ける時間の方がずっとずっと魅力的だったんだ。
 うん、寂しい。
 そんな楽しかった時間がなくなるのは、確かに寂しいよ。
 引っ越した先に、克也みたいに気が合う人間がいるとは限らないし。
 だから、私は少し考えてひとり頷いた。

「わかった、克也。私、高校生になったらまたここに戻ってくるわ。そしたら、寂しくない」

 また、今までやってきたみたいに、二人して楽しいことを山ほどやろう。
 それまでのネタ集めの時間だと思えばいい。
 中学校って残り二年間? そんなの、短いじゃん。多分。

「んじゃ、ばいばい、克也」

 そう言って手を振ってから、私はトラックの助手席に乗り込んだ。
 走り出したトラックの窓から、ちらりと後ろを振り返ると、立ち尽くした克也が、やっぱり真っ赤な目をしてこっちを見ていた。
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