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とある晩のこと

 賑やかな店の中に踏み込み、小さく顔をしかめた。
 初めて来るそこは常連客ばかりの酒場で、明らかに自分は場違いだ。
 それでも、せっかく入ったのにすぐさま出て行くのは悔しく感じて、彼は自分の目的を果たすことに決めた。
 店内を見回し、店の女将であろう女性を捕まえる。

「おい、おばさん」
「なんだい、注文かい?」
 慌ただしく仕事をこなしている彼女はジョッキと皿を両手に持ったままこちらを振り向いた。
 元気のよさそうな、気のいい女将。そんな印象だ。
「この店の給仕で紅い目の娘がいると聞いてきたんだけどよ」
 その言葉に一瞬きょとんとして、すぐに彼女は笑った。
「ああ、トトの事だね。あの子ならもう一年以上店には出てないよ。今は王宮で神官様になる勉強をしているんだ」
 その言葉に、彼は目を丸くした。
 親しくもないし、そう多く話したことも無い。彼女がこの店にいたという情報を耳にしたのも最近の事だ。
 どうしているかなど気にも留めていなかっただけに、少し気になって訪ねたのだが、まさか王宮神官を目指していたとは露にも思わなかった。
「残念だねぇ、ちょーっと遅すぎたよ」
 笑う女将の表情は明らかに何かを詮索していて、彼は無言で彼女に背を向けると店を出た。
 彼女がいないのならば、こんな酒場に用は無い。

 そうか、あいつは王宮の神官になったのか。

 口の中で呟いた彼の夕暮れの瞳が、ちらりと狂気に光った。
 ならばもう、何も悩むことは無いのだと、彼の中の闇が囁いた。

それは、彼女の知らないはじまり。
闇の蕾がふくらんだ瞬間。