story-2


 クロウに命令されて、部屋の掃除をする事になった。
 どこに何があるかは全部把握しているし、別に困らない。自分では言われるほどひどい状態だとは思っていなかったけれど、そんな言い訳は受理されなかった。
 そもそも、片付けが出来ないのは今に始まった事じゃない。
 マーサハウス時代だって、クロウはその事をじゅうぶん知っていたじゃないか。
 なにより気に入らないのは、大型犬の散歩よろしく自分の後ろをついてくるブルーノだ。
 頼んでもいないのに、なぜか掃除を手伝うと言い出した彼は、三角巾を頭に被ってでかい図体に割烹着まで着ている。

「手伝いなんていらないのに。なんであんたなんかを部屋に入れなきゃいけないんだよ」

 低く言って睨めば、緊張したような笑顔でブルーノは答える。

「ふたりのほうがはかどるよ? それにこの部屋じゃあ君一人だと一日かかってもきれいにできないよ」
「うるっさいなぁ。こんなの普通だろ。クロ兄が大げさすぎるんだ。この部屋はこれでいいんだよ。……こうじゃなきゃだめなんだ」
「えーと……ちょっと言ってる意味が……」
「わからなくていい。この袋、口広げて持っとけ。ごみはこっちが入れるから、部屋の物には絶対触るなよ。あと変な動きしたらただじゃすまないと思え」

 押し付けた黒いポリ袋に手際よく床のごみを入れていくのそばに無言で立って、ブルーノはぼんやりと彼女の部屋を観察した。
 クロウによりゴミ溜めと表現された室内は確かに目を覆いたくなるような惨状だった。
 遊星やクロウによりいつも整然と整えられたポッポハウスとはえらい違いで、とても女の子が住んでいる部屋には見えないしそもそも人間が住んでいいような環境なのか、それすらも怪しかった。
 積み上げられている資料や本、そして光を放つモニター。無機質な中に転がる有機質は明らかに人体には有害なものと化していた。それを見ていると、ふいに思う。

「ねえ、君、こんなに近くに住んでるんだから、ご飯くらいうちに食べにくればいいのに」

 素直な誘い。
 けれど、ぴたりと動きを止めたは怒っているような表情でブルーノを凝視していた。

「あ、あの……?」
「……うるさい。黙れ」

 ただただ低い声。ゆっくりと持ち上げられた腕の先、細く白い指がまっすぐにドアを指差す。

「出て行け」

 不機嫌なはちみつ色の瞳はさらに冷え切った温度でブルーノを見据える。
 短く告げられた声は殺意すらはらんでいるように思えた。少しでも逆らおうものなら、目の前の小柄な獣に喰い殺されてしまう。
 ひどく凶暴で攻撃的な小型の肉食獣。
 手にしていたポリ袋をぱさりと落して静かに後ずさり。

「僕、何か君のかんに触るようなこと、言ったかな……?」

 両手を顔の前で広げ、ブルーノは恐る恐る尋ねた。
 ファーストインパクトから、彼女は事あるごとにひどく攻撃的だ。その理由が、ブルーノにはよく分らなかった。ゆえに、彼の疑問は最もで、そんな彼を睨みつけたまま、は低く答える。

「無害なふりをして簡単に家に招くような男は嫌いだ。殺意すら覚える。だからとっとと帰れ。クロ兄たちの仲間だからって簡単に信じたりするもんか」

 全てを拒絶するような頑なな声。
 そう言った彼女の目はひどく孤独に見えて、ブルーノはわずかに首を傾げる。

「でも君、すごく寂しそうに見えるけど……」
「っ……黙れっ!!」

 間髪入れずにそう怒鳴ったの腕がぐいぐいとブルーノを部屋から押し出す。
 彼女の細い腕の力は、予想よりも強くて、それでもブルーノからすれば押し返すのは簡単だった。が、なされるがままに、の部屋を追い出され、バタンと大きな音を立てて閉まったドアの向こう。
 二度と来るな、と言い捨てた彼女に向かって、ブルーノはそっと言い残した。

「気が向いたら、いつでもポッポハウスにおいでよ。僕らは歓迎するから」

 は気に食わないだろうが、そこに他意は無い。
 もはや返事すら返ってこないそのドアをしばらく見つめて、彼はその場を後にした。
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