君はそれを望みはしないだろうけど
寝台に眠る幼なじみを離れて見つめながら、ジョーノは眉を寄せた。
静かに月光の差し込む室内に、規則正しく響く微かな寝息。
つい先日まで入る事を許されなかった神殿の中にいる事が、ひどく可笑しく感じる。
彼に下された命は、を守ること。
彼女が己のカーを暴走させないように、彼女のカーを狙う輩が近付かないように。
全ての外敵から、を守る。
そして万一が王宮を裏切る事があるならば、その時は彼女を殺しても構わない。
――最悪だ。
最悪も最悪。
そして、この命令を下したあの神官は最低だ。
もしもそんな時が来てしまったら……
「荷が重すぎるぜ……」
呟きは静寂の中で必要以上に大きく響く。
頭の中で黒く渦巻く不快な命令と、拭い去れない強烈な不安。
そして、ふいに始まる最悪な想像。
できる訳が無い。
その答えはどんなに考えても変わらない。
をこの手にかけるなど、何が起こっても出来やしない。
そして、誰かがを殺すのも、耐えきれない。
堂々巡りする暗鬱な思考。
それは無意識にジョーノを現実から隔離させた。
が目覚めたのにも気付かない程に。
「……何が重いのよ……」
気だるいその声に驚いて目をあげると、月光に照らされた深紅の瞳がぼんやりとこちらを見ていた。
は寝ぼけているのか、ジョーノを見つめ小さく笑う。
「逃げたりしないから、夜くらいゆっくり寝な、よ」
言いながら間延びした声。
とろんとしたの瞳は彼の返答を待たずに閉じられる。
彼女は解ってはいないのだ。
ジョーノがの護衛についた理由も、最終的な命令の内容も。
ただ、見張っているだけなのだと思っている。
再び戻ってきた規則正しい寝息と、穏やかな寝顔。
柔らかな淡い光に包まれた静かな闇と、ゆるやかに流れる時間。
確かにそこにある、ひどく薄っぺらな平穏に、泣きそうになった。
何も知らないは、やはり何も知らないままが一番良くて。知ってしまった自分は絶対に本当の事をに知らせないようにしなければならないのだと、思う。
命令が下された時、心に誓った。
何があろうと、を死なせたりしないと。その為に自分は王宮に来たのだと理解した。
「お前は、俺が守るから……」
囁きに、応える声はもう無かった。
悪夢が君を奪っていくから。