大好きなあなたへ。

 彼女の知る日常は、その時崩れた。
 のどかな庭、友人達の笑顔。
 大好きなひとの声。
 そこにあった優しいものは、脆く崩れて指の間から零れてしまった。

 世界が壊れる音は、恐ろしく静かに響いた。


 本音を言えば、あの深紅の瞳を持つ友がひどく嫉ましかった。
 幼い時から魔術の修行をしてきたマナと違って、つい最近王宮にやってきたばかりの友人。
 彼女はマナの半分だって修行をした訳では無いのに、もうカーを心に宿して、その姿を見ることが出来る。そんな彼女が、とても恨めしかった。

 だって彼女は。

 自らの生命と引き替えに、あの卑劣な盗賊と戦った最愛の師匠の姿を見ることができる。
 どんなに願っても、まだ精霊すら宿していない自分には、その姿はおろか、存在すら感じることが出来ないと言うのに。

 なんて残酷なんだろう。
 神様は、何より大切な人を奪っていった。
 そして、彼と自分を繋げるものを、与えてはくれない。
 未熟な自分には、彼と再会する資格が無いとでも言うのだろうか。
 気持ちは、誰にも負けないのに。
 それなのに、叫んでも届かない声と、目を凝らしても見えない姿。

 あなたが恋しくて。
 だからこんなに無慈悲な世界を恨んでも良いでしょうか。

 ねえ。

「お師匠様……」

 呼んだ声に、いつもの深く優しい返事は返って来ず。
 心はひどく歪んで、悲しみと苦しみが支配する世界で、思い出すのは、慕う彼の微笑み。
 それだけで、また溢れてくる涙。
 そして、きっとあなたは言うのだろう。
 そんな馬鹿な事を考える暇があるのなら、魔術の修行をしなさい、と。
 最後まで、全く乙女心を理解してくれなかったひと。
 でも、誰より慕っていた。誰よりも大好きだった。

「お師匠様……」

 答えてくれる声は聞こえない。
 けれど、マナは信じていた。
 マハードはそこにいる。
 この王宮に、ファラオの隣に。そして、きっと自分のそばにも。

 だから。

「待っててください」

 まだ届かない場所に、必ず自分も行くから。
 また、声が交わせるように。その姿が見えるように。
 手を伸ばした先に立つあなたを、見つけられるように。

私の目指す場所には、
いつも貴方がいるのです。