贈るのは血より紅く輝く花

 砂漠の辺境にある小さなオアシスは、キサラの所へ行くのに必ず通る中継点。
 昼間でも魔物が出ると囁かれ、普段は絶対に人の立ち入らないその辺境のオアシスで、時々遭遇する人が、いた。

 小さな泉のほとり。
 そっと覗けば、彼はいた。
 またいるよ、と心の中で呟いて小さな溜息をひとつ。それだけで彼女の気配に気付いたらしいその人は、鋭い目をこちらに向けて小馬鹿にしたように口を開く。

「よお、。待ってたんだぜ?」

 にやりと笑う表情は変わらず意地悪な笑み。

「別に頼んでないよ、バクラ」

 少しむっとして答えれば、バクラは「いいからこっちに来い」と言う。
 それは、拒否する事を許さない声。
 はたまに思う。
 この人は、実は魔法使いなのではないか、と。
 言霊を操る、魔導士。
 見た目はどこからどう見てもただのチンピラだが。

「また泉に落としたりしたら許さないんだからね」

 近付いてくるを見ながら、バクラは満足そうに笑う。

「お前が暴れなきゃな」
「あんたが先に手ぇ出したくせに」

 言い返す声は、初めて会った時と変わらず少し生意気で、それでもバクラは彼女を気に入っていた。
 大の男も近付かないような砂漠のオアシスに、たった一人で現れる怖いもの知らずの少女。
 名前以外は何も知らない。
 むしろお互いにそれ以外は知らない方がいいのだと、バクラは思っていた。

「おい、もっとこっち来いよ」
「うわっ!?」

 有無を言わさず細い手首を引くと、よろりとバランスを崩した
 あ、こいつ顔から倒れるな。
 そう思うと同時に、掴んだ手首をそのまま引き寄せる。
 ぽふ、と小さな体が胸の中に収まって、が身体を強ばらせるのが分かった。
 ひとつ息をついて見下ろすと、真っ赤な顔で硬直する
 噂の魔物は笑い飛ばすくせに、怪我したチンピラの手当ても平気でするくせに、どうしてそんなに純粋なのか。
 その様子があまりに可笑しくて、笑いを噛み殺しながらを少し離し、懐から小さな木箱を取り出した。

「おい」
「な、何よ」

 見上げる深紅の瞳は、バクラの知るどんな人間よりも生きている。
 彼の知るどんなに最上級の宝石よりも美しく輝き、飽くことの無い色で世界を見つめながら。

「じっとしてろ」

 言って、そっと髪を一房取ると、木箱から取り出した髪飾りを挿してやる。

「……バクラ……? これ……?」

 きょとんとするの頭に輝く、金に縁取られた赤い石の花。

「似合うじゃねぇか」

 奪ってきた宝の中に輝く鮮やかなその花を見つけた時、真っ先に浮かんだのはの瞳だった。

「こ、こんなのつけてたら、普通に怪しいでしょ!? どうしたのよ、こんな宝石!!」

 赤い顔で怒るは全く怖くもない。
 バクラは小さく笑って背を向けた。

「じゃあ捨てちまえよ。じゃあな」
「ち、ちょっと!! ばか!! 何考えてんの!!」

 遠ざかる怒鳴り声に、また笑いを噛み殺す。
 それでも彼は気付いていた。
 自分の目が笑っていない事を。

 こちらを見ているであろう赤い瞳は、彼の衝動を強く動かす。
 誰の、どんな血よりも紅く熱い瞳は忌まわしい過去の記憶に繋がり、流れ失われたその液体を思い出させる。
 そして彼女の瞳を絶望に染めて、その瞳と同じ色で彼女の身体をも染めてしまえと囁く声が響くのだ。

 他の何物でもない、彼女の血が欲しいのだと。
 それはきっと、どんな甘味よりも甘く、どんな酒よりも美味い事だろう。
 そんな最高の血を他の人間になど、渡してたまるものか。

 けれど、にやりと笑った彼は苦々しく呟いた。

「ちったぁ黙ってろよ……」

 まるで、囁く闇の声に言い聞かせるように。
 彼女を、その素晴らしい赤に染め上げてしまえば。
 もう会えなくなるではないか、と。

馬鹿だなあ。
その赤に染まったアイツは、
とても美しいに決まってるのに。