私とあなたの距離感

 耳に、心に、突き刺さり忘れえぬ言葉。
 いまだ、癒えない傷口からは紅い血が流れだしては夢に現れる。
 今亡き儚く美しい微笑と、目を覚ませばまた目の前に現れる鮮烈な紅い怒りの瞳。

『あなたは闇に囚われてはなりません』

『あんたがキサラを殺したのよ! この人殺し!!』

 救いの言葉は断罪の言葉になり、闇の中へ彼を落とす。
 二人の少女の相反する言葉は、瞳は、自分が生きている限り一生追い掛けてくるのだと思った。

 彼女は誰よりも彼女の事を大切に思っていた。
 それは男と女の感情ではなく、ただ純粋に何よりも大切な友を思う気持ち。
 長い時が育んだ強固な絆。

 ならばそれを引き裂いた自分の想いは罪だったのか。
 何よりも守りたいと、失いたくないと思ったのに。
 彼女を愛した事が、彼女を永遠に失う事に繋がると解らなかった自分の。

 あぁ、苦しい。息が……息が、苦しい──


 喘ぐようにして目を開けた。
 昼の光が目に刺さる。それでも感じる違和感は……

「お目覚めですか、ファラオ?」

 皮肉の混じったよく知る女の声。

「居眠りしてちゃ、示しがつきませんよ」

 定まらない視界で彼女の姿を捉えると、ぼやけていた世界はゆっくりと輪郭を見せる。
 笑みを浮かべた彼女を確認して、口を開いた。

、お前、さっき……」

 鼻、つまんだろ。
 その問いに、一層笑みを深くした彼女は答える。

「執務中に居眠りするファラオが悪いかと思いますが?」

 悪びれもせずにこんな言葉を言うのは、自分の周囲に今や彼女くらいしかいない。
 こちらを見る紅い瞳には、夢の中のような怒りの色は無く、代わりに小さな刺を含んだ笑みがある。
 その笑顔を見るたびに、自分はまだ許されてはいないのだと思い知る。

 失礼します、と背を向けて室内から出ようとしたが、出入口付近で立ち止まった。
 どうしたのかと首を傾げたところで、彼女は静かに言う。

「あぁ、ファラオ。……あなた、うなされていましたよ」

 ──キサラの名前を呼びながら。

 小さな声に刺は無く、ただ胸の疼くような感情が色濃く浮かんでいた。

 去ってゆく後ろ姿に、彼は小さく呟いた。

「お前は、俺を赦してくれたのか……?」

私たちは、
同じ大切なものを亡くしてから 
少し近付けた。