まるで孫のように
弟子でもあるシャダに、とうとう弟子ができた。
最近王宮にやってきたその娘は、黒い髪に紅い瞳。明るい笑顔の、太陽のような少女だった。
まだ早すぎるのではないかと思われたシャダの弟子取りに、怒りや戸惑いを通り越して、呆れ果てたシモンは、思い直すよう自らの弟子に説いたが適わず肩を落としていたのがつい先日のこと。
しかし──
「シモン様ー!」
明るい声に呼ばれ振り返ると、が手を振りながら走ってきていた。立ち止まり、頬笑みながら彼女を待つ。
「どうしたのかな、」
尋ねると、シモンの前までやって来たは、少し恥ずかしそうに笑った。
「ちょっと、教えてほしい事があるんです」
その言葉に、シモンは首を傾げてみせる。
「この老いぼれに教えて欲しいとな? シャダに聞いてはどうかね?」
「シモン様の意地悪。シャダ様からの宿題なんですよ!聞ける訳無いでしょう?」
すかさず言い返したは頬を膨らませる。
マナといい、彼女といい本当に素直ないい娘達だと思う。
若者の相手をするのが基本的に嫌いではないシモンにとって、神官団としての立場をシャダに譲り、事実上引退した身になってもこうやって頼りにされるのはとても喜ばしい事だった。
シャダが相談も無くを弟子にと迎えた時、年甲斐もなくそれを止めたが、今では彼女が王宮に来て良かったとすら思う。
感情を抑えがちなシャダには、これ位明るく元気な女性が似合うだろう。
そんなお節介を考えるのも、楽しい。
ただ心配なのはに宿るカー。
楽しげに話してくるを見つめる彼の瞳が僅かに陰った。
どこにでもいるような少女の中には、およそ似付かわしくないものが潜んでいる。
黒い竜は一度その姿を現した。
シャダやセトだけでなく、そこにいた入宮したての神官たちもそれを見た。
口外せぬよう固く口止めはしたが、が同期の中で孤立してしまった状態はどうしようもない事実で、それがシモンやシャダの心痛の種でもある。
そしてもう一つシモンの気懸かり。
のカーを鎮めるためにシャダは彼女の心の一部を封印した。
心を封じるという事は、シャダの心の一部がの心に取り残されていると言う事。
この不自然な状態が長期に渡れば、二人の心身に異常が現れるかもしれない。
少しでも早くカーを操れるだけの実力を身に付ける。
それが今、密かにに課せられた課題だった。
「……シモン様ぁ?」
名前を呼ばれ、シモンはハッとした。
「聞いてましたか?」
「あ……いや……すまない、」
つい考えに耽っていた。
全く話を聞いていなかった事に気付いて、シモンは頭を掻く。
「それで、何だったかな?」
ばつが悪くて笑うと、はまた頬を膨らませる。
「んもう、シモン様ったら……」
くるくる変わる表情は、まるで小さな子供のようで、見ていて飽きない。
それがまた可笑しくて笑っていると、今度はの表情が固まった。
「し、シャダ様ッ……!!」
げっ、と呟いて、慌てた様子で彼女はシモンを見た。
「私が聞きに来た事、シャダ様には秘密ですよ! では、私は行きますね!! ありがとうございましたッ!!」
ばたばたと去ってゆくを見ながら、まるで嵐だとまた笑う。
「シモン様、ここにおいででしたか」
入れ違いにやって来たシャダは、の消えた方を見ながら首を傾げる。
「先程、もいたように見えたのですが……?」
「いや、わしはずっと一人じゃったがの?」
にやにやしながら素知らぬふりをすると、何か察したように、シャダはため息混じりに頷いた。
「シモン様、最近に甘くはないですか?」
そしてちらりと横目で尋ねる。柔らかな物言いには、ほんの少し刺が含まれているようで、シモンはそんな弟子が可笑しくて仕方ない。
甘いのはどちらだ、とからかいたいのを抑えて「気のせいじゃないかのう」とうそぶいた。
微妙な表情で彼の弟子が「全くシモン様は」と呟いたのを聞かなかったふりをして、シモンは自分も年をとったのだろうか、と考えてた。
楽しみで仕方ないのだよ