決意はその夜に

 彼女が来なくなった理由はちゃんと知っている。
 けれど、会いたくて仕方ないの。
 こんな私を、あなたは迷惑だと言うかしら。

 が王宮の神官になるための試験に合格してどれ位たったのか。
 暦なんてものは持ってないから、正確な日にちはわからないけれど、星空が変わって季節も変わっていくだけの時は十分に過ぎた。
 彼女と会えないとわかっている一日はとても長くて、まるでつまらない。
 に出会うまで、ずっとそうやって生きてきた筈なのに、どう一日を過ごしていたのかも思い出せない。

 明るい声で名前を呼んで、手を握ってくれる
 街においでよ、と言ってくれたのを断ったのは、他でもない私だけど、今になって思う。

 差し出された手を取っていれば、今ごろこんな寂しさに襲われる事も無かったんじゃないかしら。

 砂漠のはずれから遠くに見える街に行けば、そこにあなたはいるのに。
 近いはずの街はどんな異国よりも遠い。
 私に少しの勇気が無いから。

 でも、たくさん人のいる街に行くのは、やっぱりとても怖い。
 自分が異質なものだと、改めて思い知る事になるから。
 この髪の色も、瞳の色も、肌の色も、達とは比べものにならない程白くて。
 彼女はそれが綺麗だと褒めてくれるけれど……
 全ての人たちがそうやって受け入れてくれる筈ないと、私は嫌と言うほど知っていた。

 我が儘。
 そう、これはただの我が儘。
 に会いたい。
 けれど自分は傷つきたくない。
 そんな都合のいい事なんて無いのに。

 暮れた空の下、いつもの洞窟で瞳を閉じる。
 大丈夫、夜が明ければに会える。明るくなれば、会いにいく勇気が出るから。

 毎夜繰り返す呪文。

 夜が明ければ、勇気が出る。


 眠りの淵に沈む意識の中、水面に水滴が落ちるように声が落ちた。

 ――キサラ……


ッ!?」

 あまりに静かなその声は、不思議な位鮮明に頭に響いて、思わず跳ね起きた。
 嫌な予感がする。
 良くない事が起こる。
 彼女のいる場所で、彼女の周りで。
 まだ小さな芽が、黒い影をまとって闇の花を咲かせようとしている。
 止める人もないままに、大きく成長している。
 恐怖と不安を煽る風が国を覆ってしまう。


「行かないと……」

 呟いて、立ち上がる。
 月の明かりすら無い闇の中を駆け、街の見える場所まで行って、私は立ち止まった。
 まばゆい光の柱の立つ、ファラオに守られた街。

 あぁ、でもわかる。街には混沌が忍び寄っている。

 ――誰のせい?

 異質な私が、街に行きたいと望んだばっかりに。

 ――でも、望むのでしょう?

 彼女のそばに行きたい。こんな時だからなおのこと。


 何かに背中を押されるように走りだした。
 胸が熱くて、どうしてか涙が溢れてきた。

 闇を見て光を知る。

 どうしようもない闇の中、私はあなたに会うことを選んだ。
 そうだ、あなたは私の光なのだと、今やっと理解した。

砂の海を走りながら願う。
あなたが、闇に呑まれること無きように。



のが