砂漠の逢瀬
キサラは、あまり自分の事を話してくれない。
それは、今まで彼女が話したくない程ひどい生活をしてたからなんだと、なんとなく解ってた。
だから私は、今彼女と過ごす時間が、いつかの未来で彼女が誰かに話したくなるような、そんな時間になればいいと思う。
* * *
「きっさら!」
名前を呼んで抱きつけば、驚いたようにキサラは笑った。
「久しぶり、」
ぎゅっと回した腕を優しくほどいてキサラは私の目を覗き込む。
「元気……だった?」
少し困ったように言う彼女に、ひとつ頷いて、もう一度、ぎゅっと抱きついた。
「?」
優しい声が、私の名前を呼んでくれる。
応えるように抱きついた腕に力を込めた。
キサラはとても細いから、私が力を入れれば折れてしまうんじゃないか、とか。そんな心配は余計だったらしく。
ただ、何も言わずに小さく息をつくと、小さな子供をあやすように私の背中をぽんぽんと叩いた。
「大丈夫よ、」
その一言を、どんなに聞きたかっただろう。
他でもない、キサラの言葉で。
ずっと胸につっかえてたもやもやが、彼女の言葉で流されていく。
大丈夫、の一言に目の奧が痺れたように涙が出てきた。
わんわん泣いてる間、キサラはずっと背中を叩いてくれて、その優しいリズムに私はしばらくして泣き止んだ。
「あんまり泣くと、ナイルが溢れちゃうわよ」
優しく笑うキサラに泣き笑いで頷く。
「うん。ごめんね」
「いいけど……何かあったの?」
心配そうに揺れる青い瞳。
ほんとに何でも無いことなんだけど、と前置きして、私は今日の事を彼女に話した。
生意気な幼なじみが、とうとう兵士として王宮の軍に行くこと。それが、彼の小さい頃からの夢だったこと。
そして私は、そのことがたまらなく――
「悔しかった」
先を越されたようで、凄く悔しかった。
いつもそばにいたのに、いつの間にか遠くなって、その距離はどんどん開いていって、あいつの方がずっと前を走ってるなんて。
「まるで私だけ、遊んでるみたい……」
呟くと、キサラの手が伸びてきて頬に触れた。
「誰も、が遊んでるなんて思ってない。あなたはいつも頑張ってるじゃない」
静かな微笑みを浮かべる彼女に、思わずまた、抱きついた。
「大丈夫よ。チャンスはすぐに来から。はその時のために、たっぷり準備をすればいいわ」
優しい声で言われると、本当にそうなるような気がする。
「ありがとう、キサラ」
その言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
あのね、まだあなたに言ってないけど、もう一つ夢があるの。
私が王宮の神官になって、偉くなったら、キサラが街で暮らせるようにするの。
あなたが堂々と街を歩けるような、そんな国にしたいんだ。