みつけたものは

 ずらりと並んで動かない人。
 同じ間隔を開けて、一糸乱れぬように並び、片膝を地面に付けたまま俯いている彼らを見やり、小さくため息をついた。

 ただ一つの目的のために集まった彼らは王宮神官の候補生。
 ここは、その試験会場。

 目の前の彼らの緊張は、離れていても手に取るようにわかる。
 今日、今、まさにこの瞬間にも彼らの不安と期待は交ざりあい張り詰めた感情を形成する。
 今日が終われば、彼らは夢見た世界に一歩近付けるかもしれない。そうでなければ、夢は二度と彼らのもとへは来ない。

 王宮の神官になるには、神学校へ通うだけではいけない。
 王宮神官試験に合格し、神官団の七人の神官のもとへ配属される。
 神官見習いとしてそこでまた数年、彼らは学ぶ事になる。

「シャダ、何をしている」
「! ……いや……」

 数歩前を歩いていたセトが、立ち止まりこちらを見ていた。
 彼は今回の試験の責任者でもあり、私をここへ連れてきた張本人でもある。

 非常に困った事に、彼は今回の試験、受験者達のカーを調べる事にしたという。
 より強いカーを持つ者を最終的に合格にしようというのだ。

 先ほどファラオが新しくなり、国も安定していない今、欲しい人材はより強い者。
 それは解る。
 だが……

「セト、本当にやるのか」

 私の問いに、セトはうんざりしたようにもう何度目かも忘れた答えを返す。

「何度言わせればわかる、シャダ。いいからやれ」

 本来ならば、罪人以外の心を見る事など許されない。
 それを解っている彼は、それでもやれと言う。

 もう一度ため息をつき、千年錠を取り出した。
 心苦しいが、もう腹を括るしか無いらしい。
 醒めた目でこちらを見るセトは、何を言ったところで聞きはしないのだ。

 最初百人はゆうに超える人数だった受験者は、今や十数人。
 心を見る対象が減っただけでもありがたい。
 そう思う事で罪の意識を少しでも軽くしようとする。

 ひとつ息を吸い、一人目の受験者の前に立った。

 ――ひとつ言えるなら、今現在の彼らの中にそれ程強いカーを持つ者などいる訳がない。

 カーは強さ魂の強さに比例し、またそこには個人の意志や能力、素質も関わってくる。
 そしてカーは、訓練のやり方次第でより強いものへと成長させることができる。
 何の訓練も受けず、ただ神官を目指してきた彼らに、最初から強力なカーを求める事など、間違っている。
 彼らのカーは未だ発達の途中であり、今から成長させる物であると、何故セトはわからないのか。


 予想通り、受験者たちのカーはどれも変わらず。
 残念だな、セト。これで最後の一人だ。
 戦力となるカーが欲しいのは解るが、やはりそれは難しいのだ。諦めろ。
 その言葉を飲み込み、最後の受験者を見る。

 それは、女だった。
 いや、女と言うにはまだ若すぎる、あどけなさの残る少女。
 彼女に千年錠をかざしたとき、その異変は起こった。

「!」

 他の受験者とは明らかに違う、千年錠に流れ込んでくる目に見えない力の流れ。
 少女の姿が、光に包まれ、その背後に現れたのは……

「漆黒の……竜……!!」

 呟きは思わず口から漏れたらしく、目の前で俯いていた少女が顔を上げた。

 紅玉の如き鮮やかな瞳が、私を射ぬく。

 少女の視線はただ純粋な疑問。
 その、戦うことを知らぬ瞳の後ろにいるのは、この受験者の中で群を抜いて強力なカー。
 輝く真紅の双眸が、ひたとこちらを見据えている。

 動けないのは、少女のせいではない。彼女のカーが体を縛り付けるのだ。
 少しでも動けば、お前を食い千切ってやる。カーの眼はそう言っているようで……

 恐怖、を感じた。

 実際、少女には凶暴性などなく、またカーにその意志は無かったのかもしれない。
 だが、漆黒の竜は何かを守るように少女の背後からこちらを見ている。
 何を守ろうとしているのか、それは私の知るところでは無いが、覗いた少女の心からも、それは伝わってきた。

 大切なものを守るため、ここに来た。それを守るために、王宮神官になる。


「どうした、シャダ」

 肩を掴むセトの声で、漆黒の竜の呪縛は解けた。
 不審げな目でこちらを見るセト。気付けば呼吸を止めていたのか、自分の息が早い。

「セト……この娘…………!」

 呟くように言うと、彼は冷ややかな目で少女を見る。その、底冷えのするような眼差しに、少女は慌てて目を伏せた。

 セトの考えが、少女にとって悪いほうへ働かなければ良いが。
 目を伏せる直前の、不安に揺れる紅い瞳を思い出した。
 そして思う。

 彼女はきっと神官になる。
 見習いとして数年過ごし、いつか王宮神官としてファラオの前に出る日も来るだろう。
 彼女はきっとここへ来る。
 あの紅い瞳の竜が、彼女をそこまで導くのだ。
 その光景が、楽しみだと思う自分がいた。

予感という名の、確信。