運命が始まる日

 頭の中がキンキン言ってる。まるで誰かが私の頭を掴んでおもいっきり揺さ振ってるみたいだ。

 すごく不快だけど、その感覚は私がまだ生きてるという証。
 喉も、ひりひりする。息も苦しい。
 けどそれだって、砂漠で感じたものより全然ましだ。
 体は驚くほど重くてだるいけど、目を開けるのは余裕。

 ゆっくり目を開けると、思ってたより薄暗い場所。
 岩の天井が、私を見下ろしてる。日のあたらない洞窟は焼けた体にとても心地よかった。少し地面は固いけど。

「……よかった……」

 不意に、声が聞こえた。
 深い安堵の声に、私はすぐにさっきの女神を思い出す。
 あの女神様、アヌビスの使いじゃなかったんだ……

 声のしたほうに首を回すと、やっぱりその人はいた。

「……女神、さま……」

 呟きは自分でもちょっと引くくらいかすれてたけど。
 彼女は、私の言葉にきょとんとして、でもすぐに優しく微笑んだ。

 虚ろな頭で見たときと違って、今見る彼女は人間みたい。
 けど、私と同じ人間だとは思えないような、白い肌に、月の光のような銀の長い髪。そして、砂漠の空のような青い瞳。
 一目で異国の人だとわかる容貌。こんな色の人、今まで見たことない。

「大丈夫?」
 彼女の言葉に頷く私。その拍子に額に乗せられていた布がずれて視界をふさぐ。
 それを戻してくれる彼女に、ありがとう、と言うけれど、私の声はやっぱりかすれていた。
 そんな私に、彼女は水を差し出してくれる。
 ゆっくり体を起こして口にした水は、今まで飲んだ事のある水とは比較にならないくらいおいしかった。
 そして、自分でもわからないくらい、私の喉は渇いてたらしく、差し出された水は瞬く間になくなってしまった。

「あの……大丈夫……?」
 再びきかれて、もう一度頷いた。
「ありがとう、大丈夫よ」
 言って、彼女を覗きこむ。
「助けてくれたのよね?本当にありがとう」
「いえ……」
 少し怯えたように俯く彼女は、目が覚めて良かった、と小さな声で言った。
「何か、お礼しなくちゃね。今はこんなだけど、街に行けば……」
 呟きに、彼女が体を強ばらせたのが、わかった。

 無言の間。

「えと」
「あの」

 私と彼女の声が重なって、そして再び間。
 先に喋りだしたのは、私。

「あのさ、みたとこ異国の人みたいだけど、旅の途中?」
 その割りには、荷物もないし、馬もラクダも、旅の仲間らしい人もいない。
 まさか女一人の旅なんてあるわけでもなし。
 言いにくそうに口籠もる彼女を見てたら、まるで私が悪いことをしたような気がしてきた。

「……あのさ」

 何だかいたたまれなくて口を開く。

「私、って言うの。あなたは?」
「私は……」

 キサラ、と。
 控えめに言った彼女の手をとり、私は笑った。

「ありがとう、キサラ!」


あなたの事が大好き
になるという
予感