バクラ(ケチャバク)

 昼休み、昼食を食べ終わったバクラは、もうひとつ別に用意していてた包みを取り出した。
 こいつ、結構でかい弁当箱に持ってきてるくせに、まだ食べ足りないのか。
 そう思って眺めていると、開けた包みにはシュークリームがみっつ。
 タッパに入ってるところを見ると、どうやらそれは手作りらしい。

「それ、了ちゃんの手作り?」

 思わず尋ねると、バクラはにやりと笑った。

「ただの手作りじゃねぇぜ? 俺様のために宿主が作った特製シュークリームだ。クリーム入れたのは俺様だけどな!」

 ヒャハハ、と笑うバクラに、キサラがくすりと微笑んだ。

「バクラ君がお菓子作り手伝うなんて、すごく意外だわ。これがギャップ萌えってやつかしら?」
「ちょ、キサラ! バクラなんかに萌えないでよ!!」
「おい、てめぇら好き勝手言ってんじゃねぇよ。俺様だって手伝いくらい出来るんだぜ?」

 少しむっとしたように言うバクラは、けれど口調とは裏腹ににやにやした顔でシュークリームに手を伸ばした。
 よほど楽しみなんだろう。
 なんてったって、了ちゃんお手製だもんね。人一倍器用な了ちゃんが作ったんなら、きっと味も保障済みに美味しいんだろう。
 ひとりそんな結論を出して、私はバクラの手首を掴んだ。

「ねえ、ひとつちょうだいよ」

 デザートは別腹、なんて。
 古今東西、それはどんな女性にも当てはまる名言だと思う。
 自分の弁当をしっかり完食したのはつい数分前なのに、私は目の前の了ちゃん特製だというシュークリームを食べたくて仕方ない衝動に駆られたのだ。

「はぁ? なんで」
「私が食べたいから。文句ある?」
…てめぇ、いつも事あるごとに俺様のシュークリーム取ってるよな?」
「うん、私が食べたいから」
「今日ばかりは譲れねぇな。俺様は今日のシュークリームほど心待ちにしていた物はねぇんだ」

 駄目だ、と言い聞かせようと思ったのか、座りなおしてまでそう言うバクラに、私はむくれた。

「…了ちゃんのお手製だから?」
「そうだ」

 間髪入れず、真顔でそう答えたバクラが憎たらしくて、私はなおも食い下がる。

「みっつあるじゃんか! ひとりで食べるには多いでしょ!? 一個だけー!」
「てめぇ、いつものその一個が積み重なって百個になるのがわかんねぇのかよ!」
「バクラ君、それ名言だと思うわ」

 言い合う私たちに構わずのほほんと言ったキサラ。

「おう、ありがとよ、キサラ」

 ほめてもらったのが嬉しかったのか、それがバクラの油断した瞬間。

「隙ありぃっ!!」

 私は素早く、タッパに収まるシュークリームの一番大きいそれに向って手を伸ばす。

「あ!! 、このやろ!!」

 目を見開くバクラ。
 ざまぁ。素直に一個分けてくれないからだよ!!
 そして大きく口を開いて、美味しそうなシュークリームにかぶりついた。

 それが、悲劇に変わるともしらず。

 口内に広がる、まろやかでまったりと甘いクリーム。これはカスタードですね!
 甘くて美味しくて、とても幸せ。
 予定では、そうなる筈だった。
 けれど、私の口の中に広がるのは甘いクリームの味とは程遠い、コクのある甘酸っぱい…いや、甘酸っぱいというには余りにも塩分の多すぎる…

「ぅ…」

 思わず口を押さえて、私はバクラを見た。
 飲み込めない。予想した味とのあまりの差に、口の中の物が飲み込めない。
 これは、未知の体験だ。
 つか、このシュークリーム、腐ってんじゃないか!!
 反射的にそう思ってバクラを睨んだ。
 口の中の物を吐き出したいのに手元に袋が無いから、ただ口を手で押さえるしかできない私。
 こいつ、何考えてこんなもん持ってきたんだ!!
 罵倒したいのを堪えていると、何故かバクラが涙目で叫んだ。

「てめぇ、ふざけんなよ!? 何でよりによってシューケチャップ取るんだよ!!」

 は?
 しゅーけちゃっぷ? シュークリームだろ、これ。
 そんな疑問を解決するように、私の手元を覗き込んだキサラが顔をしかめた。

「これ…中のクリームが…」
「!?」

 言われて自分で手の中のシュークリームを確認すれば、繊細な皮の中に入ってるクリームは目を疑うような赤。

「け…ケチャップ…」

 思わず呟いて、私は無理やりバクラ曰くシューケチャップを飲み下すと、火がついたようにバクラに食ってかかる。

「あんたとうとう頭壊れた!? スイーツの神々と世界のパティシエを敵に回すようなこの所業!! どういう事か今すぐ簡潔に説明しなさい! 二百文字以内でっ!!」
「は? スイーツの神は俺様に微笑んでんだよ!! ケチャップが好きで何が悪い!! てめぇこそ、俺様のシューケチャップ勝手に食ったくせにその言い草は何だ!! 本来泣いて感謝する所だろうがよぉ!!」
「感謝なんて出来るか!! ケチャップはクリームじゃない!! 調味料だ!!」
「馬鹿抜かしてんじゃねぇ! ケチャップは飲み物だろ!!」

 ケチャップは飲み物。
 その言葉に眩暈がしそうになった。
 冗談だと思いたいけども、手の中の不吉な色をしたシュークリームが存在してしまっている以上、バクラの発言はどうしても冗談だと思えない。

「…ごめん、気分悪いから保健室行く…」

 よろりと立ち上がった私に、キサラが「寝すぎないようにね」と声をかける。手を振ってそれに答えて、私は教室を後にした。

シューケチャップの写メが、
都市伝説として出回る前日の話。

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