はじまりの(佐賀城)
「おい、大丈夫か?」
そう投げかけられた言葉にかろうじて頷く事しか出来なかった。
なら良かった、と一瞬だけ顔をほころばせた女性はすぐに前を向いて、人のような形をした異形のモノを次々と切り捨てていく。
お尻の下の地面のひやりとした温度が、現実感の伴わない光景が夢ではないと告げている。
あれは、何だ。
問いを喉の奥に留めたまま、私は呆然と彼女の大立ち回りを見つめていた。
あんな異形、私は知らない。こんな場所も、私は知らない。
これは一体、なんなの。
答えを探している間に、女性は異形を全て切り捨て、その残骸が辺りに散らばった。
最初からそれらに生命の気配なんて感じてなかったけど、胸の奥を締め付ける恐怖に似た感覚は死んだものを目の前にしたときと似ている。
それとも無機物の異形は、生きていたのかしら?
ふとそんな事を考えたとき、思考の淵から私を引き上げたのは刀を鞘に戻した件の女性だった。
「なんでこんな所に居たんだ?」
赤みがかった眼が、きつく私を見る。
彼女の咎める声に返す言葉が見つからない。
なぜ。どうして。
問われて気付いた。
わからない。
「わたしは…」
続く言葉を探し出せない。
ここに居た理由どころか、私は自分の名前すら頭の中から見つけ出す事ができなかった。
ここは何処で、あの異形が何で、私の名はなんというのか。どこから来たのか。
私は、全くわからないのだ。
頭の中にある大きな空洞を意識したとたん、心臓がばくばく鳴って、身体からすっと血が引いていく。まるで、体中の血が心臓に集まったみたい。息が、苦しい。
「おい、大丈夫か?」
膝をついた女性が私の顔を覗き込む。
全然大丈夫なんかじゃない。
でも、会ったばかりの彼女にそれを言う事は憚られる。
何より、気遣ってくれる彼女に返事をするだけの余裕が、私には無かった。
顔を上げているのも苦しくて、地面に手をついてが俯いていると、上の方からふうと息を吐く音が降ってくる。
「…落ち着くまで待ってやるから、まずはゆっくり息吸えよ」
少しの間のあと、しゃがんで背をそっとさすってくれたあたたかい手に、なんとか一度頷いた。
その時、ちらりと視界に入ったつま先に転がる、小さな板が妙に胸にひっかかった。