サテライトの、小汚くも整理の行き届いた小さな部屋の中で、彼女はそう言って微笑んだ。
記憶よりも短くなった髪。
高校の制服姿しか知らなかったから、彼女が私服を着ている事に猛烈な違和感を覚える。
いや、そうじゃない。違うんだ。
「……おめぇ……」
呟く声は、自分で思う以上に驚きに満ちていた。顔だって、間抜けな表情をしているに違いない。
けれど、は優しい笑みを浮かべたまま。
それは、最後に病室で見た微笑みと寸分違わず。俺は言葉を無くしてただ目の前の小柄な少女を見つめた。
まだ俺が青臭いガキだった頃。
とは同じクラスで、ただそれだけの関係だった。
こいつは、明るくて優しくて運動もできる上に成績優秀な絵に描いたような優等生で、生徒や教師を問わず誰にも好かれるような。
そんなやつだった。
対して俺は、風紀委員という名の、影じゃあ恐喝なんかもやってるような、ろくでもないやつ。
罰が当たったのは、高三の夏頃か。
俺はその時の事をあまり覚えていない。
正気を取り戻した時は病院のベッドの上で、逆光の中に小さな笑顔を見た。
ただ、「間違えないで」と囁く声が聞こえて。
そしてその声は、たいして親しい訳でもないこいつのものだったのだ。
疑問尽きぬまま退院して、俺が聞かされたのは、は不幸な事故に巻き込まれたのだという事実。
じゃあ、あれは何だったんだ。
目の覚めた病室で、穏やかな声で話し掛けてきたあれは、一体何だった。
謎は解けないまま、俺は意味を探した。間違えるな、というの言葉の意味を。
そして俺は、治安維持局の仕事を選んだのだ。
「間違えなかったんだね」
今、微笑んでそう言うは、あの頃と変わらぬ姿でここにいる。
何呑気に笑ってやがる。
俺があの時どんな気持ちだったか。お前、知ってるのか。
「よかった……」
何言ってる。
お前こそ、何なんだ。
どうしてここにいる。
どうして生きてる。
どうして何も変わらずにここに立ってるんだ。
説明してくれ、教えてくれよ!
まだあどけなさの残るは、ゆっくりと俺に近づいてきて、腕を伸ばす。
白い指が俺の頬に触れて、思わず体を固くした俺は、怖かったのだ。
彼女が何か得体の知れないモノのようで。
それが伝わったのだろう。
穏やかなの瞳が、悲しみに揺れた。
「……ごめんね、牛尾くん……あたし……」
染みるように耳をくすぐる声は、あの頃と変わり無く。
俺は無意識に一歩後退った。
そして、彼女は語る。
世界を旅する、不思議な理由を。
世界を旅する、不思議な理由を。