ブルーノは読んでいた本から目をあげて、キッチンに立つを見た。
いつも明るいが、今日はいつも以上に上機嫌だ。
理由はとても簡単。
ジャックとクロウが、遊星を迎えに出たから。二人が遊星と、そして鬼柳京介という人物を連れて帰ってくる。
「、今日の夕飯は何だい?」
思わずシンクに立つに声をかけると、笑顔で振り向いた彼女は嬉しそうに鍋を見、ブルーノを見た。
「ビーフシチュー! あと、パンを焼いてるの。サラダと、デザートにイチゴババロアもあるから、楽しみにしててね」
漂ってくる香ばしい匂いの正体に、ブルーノも思わず笑みがこぼれた。
の焼くパンは、そこいらのパン屋のそれよりも美味しい。そんなものが、目の前の少女の手から作り出されると言うことがとても不思議だった。
パンだけでなく、他の料理も。
プログラムの作り方は解るけれど。Dホイールをはじめ、他の機械の仕組みや組み立て方も解るけれど。
けれど彼は、インスタント以外の料理の組み立て方は知らなかった。
だから、の手元から料理が作られる様はまるで手品のように見えるし、完成して皿に盛られテーブルに並んだそれは芸術の一種でないかとすら思う事もある。
彼の知る味の中で、一番上質な料理たち。
記憶は無いが、恐らく今まで生きてきた中で一番素晴らしい食事を採っているという自信があった。
一度そう言ったら、は困ったようにブルーノを見上げて言った。
「誉めて貰うのは嬉しいけど、じゃあこれからは、ちゃんとご飯食べなきゃね」
それが単に『食べる』事だけでなく、その質の事を言っているのだという事は、彼女がそれまで食卓に出してくれた食事から容易に想像できた。
彼女の言う『食べる』という事は、ただ単に『食物を口に入れる』という事ではない。
その信念は、彼女の作る料理に込められているから。
だから、身体を作るために食卓に並ぶもの達への感謝を忘れてはいけないのだと、自然と思わせてくれる。
「君の作る料理を食べれる遊星達は幸せ者だね」
思わず零れた言葉に、不思議そうにはブルーノを見上げた。
「ん?」
首を傾げる彼女の隣で、その心がたっぷり込められた鍋が優しく小さな音をたてている。
きっとこれが、家庭の音なのだろうと本能的に思い、小さく胸が痛んだ。
その、家庭という。家族という記憶すら彼には残っていない。
遊星も、ジャックとクロウもそれはあまり変わらず。
「君の料理はとても美味しいから、帰ってきた遊星達もきっと大喜びするよ」
「ふふ、ありがと。そんなブルーノくんには、特別にこれどうぞ」
照れたように笑ったが冷蔵庫から取り出したのは、一切れのケーキ。
「昨日友達とお茶会してね」
作ったんだけど、余っちゃったから。
そう言う彼女に差し出されたケーキは、どうしてもブルーノには余り物には見えず。
苦笑と共に、彼はその皿を受け取りながら言った。
「、君って本当に……」
「本当に?」
問い返す声はやはりまだ若い少女で、言い出そうとした単語がなんだか失礼なように思えた。
「……シェフなんじゃないかい?」
だから、少し考えてそう言ったのに。
「違うわ、ブルーノくん。私はみんなのお母さん、よ」
小さく肩をすくめてウインクをしたの言ったその単語は、まさに彼が言いたかった言葉。
こんなひとが母親ならば、きっと皆幸せだろう。
勿論、自分も例に漏れず。
「……ありがとう、」
呟くように言った彼に、もう鍋に向かったは背中を向けたまま、答えた。
「どういたしまして、ブルーノくん」
君の感謝は、
とても優しく暖かい。
とても優しく暖かい。