ゾラ
 知り合った時から変わらない笑顔で、彼女は喜んだ。

「レオくん、帰ってきたんですね? 良かったぁ!」

 ゾラとお茶を飲みながら、はそう言って笑った。
 その優しい笑みに、ゾラは苦笑する。

「そんなに嬉しいなら、あなたも会えば良かったじゃない」

 彼女の息子が帰ってきたのはつい先日。
 そしてまた、時計の勉強をすると言って旅立ったのはその直後の事。
 はレオがまだ幼い時分から彼の事を知っているし、会えば彼も喜んだろうに。

 けれど、困ったように笑ったは小さく首を横に振る。

「だめですよ、ゾラさん。レオくん、びっくりしちゃいます」

 私が、あまりに変わっていないから。

……それでも……」
 レオはきっと喜ぶに決まっているよ?
 ゾラは言葉を飲み込んで目を伏せた。

 初めて会ったのは女学生の頃だった。
 その頃、二人は親友で以来ずっとそうだった。
 思えば、あの頃がの限界だったのだ。
 異変はすぐに誰もが気付く。
 変わりゆく世界の中で、ただそこだけが不変の世界。
 変わらない彼女は、周囲に合わせて変わっていった。
 気付いた時、はゾラの事を『ゾラさん』と呼んだ。
 もう、二人は親友同士の女学生ではなく。
 ゾラは家庭を持つ大人の女で、はただの少女になっていた。

 そして、長い別れと半年前の再会。
 やはり少しも変わらないは、「お久しぶりです」と言って笑った。
 喜びと共に胸が痛くなるような感情が広がり、思わず目の奧が熱くなった。

「まだ、世界が見つからないんだね?」

 その問い掛けに、困ったように微笑んだのがの答え。
 かつて本来生きるべき世界を探していると語った彼女が、いまだ変わらない姿でここにいる。それが何よりの答え。

「ねぇゾラさん?」
「ん、あ、あぁ、何だい

 気付かず思い出を辿っていたゾラはの呼び掛けに顔を上げた。

「ごめんよ、少し考えごとをしてたよ」

 苦笑すれば、も笑う。

「らしくないですよ! 聞いてなかったんですね?」

 ティーカップを両手で包みながら、彼女はゾラを見る。
 とても楽しげな笑みは暖かく心に染みる。

「遊星くん達が今度の大会で優勝したら、盛大にお祝いしましょうね、って言ったんですよ」

 優しい笑顔。穏やかな声。
 それに続くように、店の外でからくり時計が時間を告げた。

あの日もあなたはそう言った。
『卒業が決まったんだから、
盛大にお祝いしなくちゃ』と。

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